女子やり投げで世界の頂点に立ち続ける北口榛花選手。彼女の圧倒的なパフォーマンスを見るたびに、その強靭な筋肉に多くの人が注目します。しかし、その裏側には一般的なアスリート像とは一線を画す、独自の哲学が隠されていました。
実は、北口選手は筋トレしないことを公言しており、彼女の特別なトレーニング理論は多くの関心を集めています。一般的な重量挙げ、例えばベンチプレスなどで筋肉を大きくするのではなく、しなやかさを重視した身体作りを実践しているのです。
この記事では、北口榛花の筋肉の謎を解き明かすため、彼女の身長や体重、驚異的な握力といったフィジカルデータから、試合後に寝そべる理由、そして彼女を支える父親の存在、さらには輝かしい自己ベスト記録に至るまで、あらゆる情報を網羅的に解説します。独特なストレッチやコンディショニング方法も含め、彼女の強さの源泉に迫ります。
この記事でわかること
- 北口榛花が「筋トレしない」と公言する本当の理由
- 「解剖学的立位肢位」に基づく独自のトレーニング理論
- 身長や体重、握力などトップアスリートとしての身体能力
- 世界記録へとつながる強さの背景とユニークな習慣
北口榛花、筋肉の秘密は独自の理論

- 「筋トレしない」は本当?
- 独自のトレーニング理論とは
- ベンチプレスは何キロ?
- 重要なストレッチの内容
- 試合後に寝そべる理由
「筋トレしない」は本当?
やり投げ界のトップに君臨する北口榛花選手ですが、「筋トレをしない」という言葉は多くの人々を驚かせます。この発言は事実であり、彼女のトレーニング哲学の根幹をなすものです。ただし、これは一切の筋力トレーニングを否定しているわけではありません。彼女が避けているのは、筋肉を過度に大きくし、体を硬直させてしまう可能性のある高重量のウエイトトレーニングです。
この考えに至った背景には、過去の苦い経験があります。大学時代、記録を伸ばす目的でウエイトトレーニングに励み筋肉量を増やした結果、逆に行うべき「全身をしならせて投げる」という、やり投げ本来の動きが失われ、記録が伸び悩んでしまったのです。この失敗から、彼女はパワーと柔軟性の最適なバランスを追求するようになります。
特に、腹筋を鍛える一般的な上体起こしのような運動は行いません。なぜなら、背中を丸める動作が、やり投げで最も大切な「胸を張り背中を反らせる」という投擲フォームの習得を妨げると考えているからです。したがって、北口選手の「筋トレしない」という言葉は、記録向上という目的に合致しないトレーニングを排し、やり投げのパフォーマンスを最大化するための、極めて合理的な選択であると言えます。
独自のトレーニング理論とは
北口選手の強靭な肉体を支えているのは、「解剖学的立位肢位(かいぼうがくてきりついしい)」という独自の理論に基づいた身体作りです。これは、理科室にある人体骨格模型のように、人間が本来持つ骨格のポジションを正しく保つことで、最も効率的に力を発揮し、ケガのリスクを最小限に抑えることができるという考え方です。
この理論に本格的に取り組み始めたきっかけは、過去に経験した二度の大きなケガでした。一度目は大学1年時の右肘の故障、二度目は2021年東京五輪での左脇腹の重度の肉離れです。これらの経験から、力任せの投げ方を見直し、より繊細で合理的な身体の使い方を模索する中で、この理論と出会いました。
解剖学的立位肢位を実践する特別アイテム
この理想的な姿勢を日常生活から意識するために、北口選手は特注のアイテムを活用しています。
- 傾斜のついた椅子: 座るだけで骨盤が自然と前傾し、正しい姿勢を保ちやすくなります。長時間座っていても体が歪みにくく、トレーニング効果を高める土台を作ります。
- 背中に挟むボード: 胸を開き、猫背を解消するために使用します。これにより、やり投げの動作で重要となる胸椎の柔軟性と可動域を確保しています。
これらのアイテムを使い、日常生活から常に「人間のルール」から外れない姿勢を意識することが、彼女のトレーニングの基本となっています。ウエイトトレーニングに頼るのではなく、人間本来の動きを追求することが、北口選手の揺るぎない強さの秘密なのです。
ベンチプレスは何キロ?
北口榛花選手は一般的な筋トレを避けていますが、特定の筋力トレーニングを全く行わないわけではありません。その中でも、上半身のパワーを示す指標として注目されるベンチプレスについては、100kg以上を挙げるとの情報があります。
ただし、この数値は彼女のトレーニングの主目的ではありません。チェコ人のダビド・セケラックコーチとの間では、ウエイトトレーニングの量や内容について意見が衝突することもあったと言います。コーチはさらなる記録更新のために筋力向上を求めましたが、北口選手自身は自分の体の感覚を最優先し、柔軟性を損なうほどの過度なトレーニングは避けるという強い意志を持っていました。
2024年シーズン前には、体操の内村航平さんから指導を受け、力の入れ方や細かい筋肉の使い方を学びました。内村さんからは「正しい姿勢で腕立て伏せをすれば十分な負荷は得られる」というアドバイスも受けており、北口選手がいかに見せかけの筋肉ではなく、動きに直結する「使える筋肉」を重視しているかがうかがえます。
彼女にとってベンチプレスは、あくまでパフォーマンスを補助するための一要素であり、その数値以上に、やり投げの動きに最適化された全身の連動性を大切にしていると考えられます。
重要なストレッチの内容
北口選手のトレーニング理論において、ストレッチは極めて重要な位置を占めています。やり投げという競技は、全身をムチのようにしならせて爆発的なパワーを生み出すため、筋肉の柔軟性が記録に直結するからです。
彼女が行うストレッチの具体的なメニューは詳細には公開されていませんが、その目的は明確です。
- 柔軟性の維持・向上: 前述の通り、過去に筋肉をつけすぎて失敗した経験から、筋肉が硬くなることを常に警戒しています。日々の練習で蓄積する疲労を取り除き、しなやかな体を維持するために、ストレ身につけることが不可欠です。
- 可動域の確保: 特に、肩甲骨周りや胸椎、股関節の可動域は、大きな投擲フォームを作る上で鍵となります。「解剖学的立位肢位」を保つためにも、これらの部位の柔軟性を高めるストレッチは欠かせません。
- ケガの予防: トップアスリートにとって、ケガはキャリアを左右する大きなリスクです。北口選手も過去に肘や脇腹のケガに苦しんだ経験から、コンディショニングには細心の注意を払っています。ストレッチは、筋肉や関節への負担を軽減し、ケガを未然に防ぐための重要な役割を果たしています。
体の些細な変化にも敏感な北口選手は、専門のトレーナーと密に連携し、その日のコンディションに合わせた最適なストレッチやケアを取り入れています。強さとしなやかさを両立させる彼女の身体は、こうした地道なコンディショニングの積み重ねによって作られているのです。
試合後に寝そべる理由
大きな大会で素晴らしい投擲を見せた後、フィールドにうつ伏せで寝そべる北口選手の姿は、今や彼女の代名詞ともいえる光景です。この行動には、彼女ならではの複数の理由が隠されています。
第一に、身体的なクールダウンとリセットです。やり投げは、一投に全身の力を込める非常に負荷の高い競技です。特に、体を大きく反らせる動作は背筋や腹筋、脇腹に大きな負担をかけます。投擲直後にうつ伏せになることで、緊張した筋肉を弛緩させ、次の投擲に向けて体を一度リセットする目的があります。
第二に、精神的な集中と分析の時間です。フィールドに寝そべり、一人になることで、外部の喧騒から意識を切り離します。そして、今行った投擲の感覚を身体の中で反芻し、「どこが良かったのか」「次はどう修正すべきか」を冷静に分析しているのです。これは、彼女が自身の身体感覚を非常に大切にしていることの表れでもあります。
このルーティンは、単なる休息やパフォーマンスではなく、一投一投の質を最大限に高めるための、心と体を整える重要な儀式なのです。大舞台でのプレッシャーをものともしない彼女の強さの一端が、この静かな時間にあるのかもしれません。
北口榛花、筋肉を支える背景と実績

- 身長と体重のバランス
- 驚異の握力の数値
- 父親の職業とスポーツ経験
- 自己ベストを更新した投擲
- まとめ:北口榛花の筋肉と強さの源泉
身長と体重のバランス
北口榛花選手の圧倒的なパワーと技術は、恵まれた体格によって支えられています。彼女の身長と体重は、女子やり投げ選手として理想的なバランスを保っています。
項目 | 数値 |
身長 | 179cm |
体重 | 86kg |
179cmという長身は、助走から投擲に至るまでにより大きなエネルギーを生み出し、高いリリースポイントからやりを投げ出すことを可能にします。これは飛距離を伸ばす上で非常に有利な要素です。
また、86kgという体重は、その身長に見合った十分な筋量とパワーの源泉となっていることを示しています。しかし、彼女が目指しているのは単なる体重の増加ではありません。前述の通り、彼女は「使える筋肉」を重視しており、この体重は、パワー、スピード、柔軟性といった、やり投げに必要な全ての要素が高度に融合した結果と考えることができます。
当初は自身の大きな体をうまく使えず、猫背気味の姿勢に悩んでいた時期もありましたが、「解剖学的立位肢位」に基づくトレーニングを通じて、この恵まれた体格を最大限に活かす方法を身につけました。現在の彼女の身体は、まさにやりを遠くへ投げるために最適化された、理想的なバランスを実現していると言えるでしょう。
驚異の握力の数値
やり投げにおいて、助走で生み出したエネルギーを最終的にやりへと伝える最後の接点が「手」です。そのため、握力は記録を左右する非常に重要な要素となります。
北口選手の具体的な握力の数値は公式には発表されていません。しかし、600gのやりをコントロールし、時速100km以上のスピードで投げ出すためには、一般女性の平均(約28kg)をはるかに超える、極めて強い握力が必要であることは間違いありません。
彼女の身体の繊細さを示すエピソードとして、ウエイトトレーニングの過多で身体が動かなくなった時期に、トレーナーが手のひらを診たところ、親指側と小指側が近づいている(=手が内側に丸まっている)状態だったという話があります。手を開く治療を施すと、すぐに身体の動きが改善したといい、いかに彼女のパフォーマンスが指先や手のひらのコンディションにまで左右されるかが分かります。
このことから、彼女は単に強い力で握りしめるだけでなく、リリースの瞬間に最大の力を効率よく伝えるための、繊細な指先のコントロール能力にも長けていると考えられます。数値には表れない、この感覚的な部分こそが、彼女を世界のトップたらしめる要因の一つです。
父親の職業とスポーツ経験

北口榛花選手の活躍の裏には、家族、特に父親である幸平さんのユニークで温かいサポートがあります。幸平さんは、北海道旭川市にある「アートホテル旭川」で製菓料理長を務めるプロのパティシエです。
名前の由来と父の特製ケーキ
「榛花(はるか)」という名前は、幸平さんが名付けました。ヘーゼルナッツを意味する「榛(はしばみ)」の字が使われており、パティシエならではの素敵な由来です。
この名前にちなんで、幸平さんは北口選手が活躍した際には、ヘーゼルナッツを使った特製ケーキを作ってお祝いするのが恒例となっています。2019年に66m00の日本新記録を樹立した際には、「66」という数字の形をしたエクレアを乗せたケーキで娘の快挙を祝いました。こうした心温まるサポートは、世界の舞台で戦う彼女にとって大きな心の支えとなっていることでしょう。
アスリート一家の血筋
幸平さん自身も学生時代にバスケットボールやバドミントン、水泳の経験があり、身長182cmと長身です。さらに、母親の規子さんも実業団の強豪・共同石油(現ENEOSサンフラワーズ)でプレーした元バスケットボール選手(身長172cm)でした。
北口選手が幼少期に水泳やバドミントンで全国レベルの成績を収めていたことや、179cmという恵まれた体格は、両親から受け継いだ優れた運動能力と身体的素質があったからこそと言えます。温かい愛情とアスリートとしての理解、その両方が現在の北口榛花選手を形作っているのです。
自己ベストを更新した投擲
北口榛花選手の強さは、数々の大舞台で記録を更新し続けてきた実績によって証明されています。彼女の自己ベストは、67m38。これは2023年9月8日にダイヤモンドリーグ・ブリュッセル大会で記録したもので、もちろん日本記録でもあります。
彼女の進化の軌跡は、主要な大会での輝かしい成績に表れています。
年月日 | 大会名 | 記録 | 順位 | 備考 |
2019年10月27日 | 北九州陸上カーニバル | 66m00 | 優勝 | 当時の日本新記録 |
2022年7月23日 | オレゴン世界陸上 | 63m27 | 3位 | 日本女子フィールド種目史上初のメダル |
2023年8月26日 | ブダペスト世界陸上 | 66m73 | 優勝 | 最終投擲での逆転金メダル |
2023年9月8日 | DLブリュッセル | 67m38 | 優勝 | 自己ベスト・日本記録 |
2024年8月10日 | パリオリンピック | 65m80 | 金メダル | 日本女子陸上フィールド種目初の快挙 |
特筆すべきは、大舞台での勝負強さです。ブダペスト世界陸上では、最終6投目で劇的な逆転優勝を果たしました。また、パリオリンピックでは1投目で金メダルを決定づけるビッグスローを見せるなど、プレッシャーのかかる場面でこそ最高のパフォーマンスを発揮します。
これらの記録は、彼女が追求してきた独自のトレーニング理論、そして強靭なメンタリティが正しかったことの何よりの証明です。自己ベストである67m38という記録は、彼女の挑戦がまだ道半ばであることを示しており、今後のさらなる記録更新への期待が高まります。
まとめ:北口榛花の筋肉と強さの源泉
この記事では、北口榛花選手の強さの源である筋肉と、彼女独自のトレーニング哲学について詳しく解説しました。最後に、記事の重要なポイントをまとめます。
- 北口榛花は体を硬くする高重量の筋トレを意図的に避けている
- 彼女の強さの根幹は「解剖学的立位肢位」という姿勢理論にある
- ケガの経験からパワーと柔軟性の最適なバランスを追求している
- ベンチプレスは100kg以上を挙げるとされるが最重要視はしていない
- 特注の傾斜椅子などを用い日常生活から理想の姿勢を意識する
- 身長179cm、体重86kgという恵まれた体格を持つ
- 具体的な握力数値は非公表だが極めて高いレベルにある
- 全身をしならせるためにストレッチによる柔軟性確保を重視する
- 試合後に寝そべるのは心身をリセットするための重要な儀式である
- 父親はプロのパティシエで温かいサポートを続けている
- 両親ともにアスリート経験者で優れた運動能力を受け継いでいる
- 自己ベストは日本記録でもある67m38である
- パリオリンピック金メダルなど大舞台での勝負強さが際立つ
- 彼女の筋肉はやり投げに最適化された「使える筋肉」である
- 北口榛花の強さは探求心と合理的な思考から生まれている