佐々木朗希の2025年を振り返る:試練のケガと救援、連覇

佐々木朗希の2025年を振り返る:試練のケガと救援、連覇
出典:佐々木朗希公式インスタグラムrokisasaki

ドジャース移籍1年目となった2025年の佐々木朗希投手。シーズン開幕前の結婚発表というサプライズから始まり、待望のメジャー初登板、そして5月のMLB初勝利までは順調かに見えました。

しかし、直後にインピンジメント症候群が発覚し、長いリハビリ生活へ入ります。先発へのこだわりとチーム事情の間での葛藤と決断を経て、シーズン終盤にまさかの救援転向を果たしました。

そこからの活躍は目覚ましく、特にポストシーズンではブルペンを支える「陰のMVP」とも評される快投を披露し、チームの劇的なワールドシリーズ連覇に大きく貢献しました。

この記事でわかること

  • 佐々木投手の2025年シーズンの詳細な時系列
  • ケガ(インピンジメント症候群)からの復帰プロセス
  • 救援転向に至った背景とポストシーズンでの活躍
  • ワールドシリーズ連覇達成後の本人コメント
目次

佐々木朗希 2025年を振り返る:激動のメジャー1年目

  • シーズン前の電撃的な結婚発表
  • 期待されたメジャー初登板
  • 5月に掴んだMLB初勝利
  • 試練のインピンジメント症候群発症
  • シーズンを棒に振る長いリハビリ
  • 復活への葛藤と決断

シーズン前の電撃的な結婚発表

2025年シーズンの本格始動を目前に控えた2月21日、佐々木朗希投手は自身の公式Instagramを通じて、ファンに向けて大きな報告を行いました。それは、一般女性との結婚という電撃的な発表です。

メジャーリーグ挑戦という新たなステージへ向かう直前の、非常に重要な時期での公表となりました。投稿によれば、入籍自体は前年(2024年)のシーズンオフに済ませていたとのことです。

この発表は、ドジャースのユニフォームに袖を通す佐々木投手の新たな門出を祝う、二重の吉報となりました。NPB(日本プロ野球)時代から彼を応援してきたファンはもちろん、これから彼を迎えるロサンゼルスのファンからも、驚きと共に多くの祝福のメッセージが寄せられたのです。

メジャー1年目という計り知れないプレッシャーの中で戦うシーズンにおいて、生涯のパートナーという強力な支えを得たことは、佐々木投手にとって計り知れないほど大きな力となったと考えられます。まさに公私ともに充実した状態で、歴史的なシーズンが幕を開けました。

期待されたメジャー初登板

2025年1月17日、ロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結んだ佐々木投手は、スプリングトレーニング(春季キャンプ)で順調な調整を見せ、3月18日にメジャー契約を勝ち取り、開幕ロースター入りを果たします。

そして迎えた3月19日、待望の瞬間が訪れました。この日、6年ぶりに日本で開催された「MLB東京シリーズ」の第2戦、シカゴ・カブス戦(東京ドーム)で、佐々木投手はメジャー初登板・初先発のマウンドに上がります。日本のファンの前での凱旋登板となり、球場の期待は最高潮に達しました。

しかし、そのマウンドはほろ苦いものとなります。初回、先頭打者から三振を奪うなどポテンシャルの高さを見せつけますが、メジャーの強打者たちを前に制球が定まりません。力みからかボールが先行し、結果として3回を投げて1安打3奪三振ながら、5つの四球を与え、押し出しで1失点を喫して降板となりました。

試合後、佐々木投手はデビュー戦の緊張と課題を口にしましたが、この経験が後のシーズンを戦う上で貴重な糧となったことは間違いありません。

5月に掴んだMLB初勝利

メジャー初登板以降、佐々木投手は先発ローテーションの一角として登板を重ねます。4月は勝ち星に恵まれず、防御率も3点台から4点台を行き来するなど、メジャーの壁に直面しているかのような投球が続きました。

それでも首脳陣の信頼は揺るがず、ローテーションを守り続けた佐々木投手に、待望の瞬間が訪れます。5月3日(日本時間4日)、敵地で行われたアトランタ・ブレーブス戦に先発すると、強力打線を相手に粘り強い投球を披露しました。

この試合、佐々木投手は5回を投げて被安打6、3失点と完璧な内容ではなかったものの、試合を壊さず先発投手としての最低限の役割を果たします。すると、大谷翔平選手や山本由伸投手を擁する強力なドジャース打線が爆発し、10-3と大勝しました。

この結果、佐々木投手についにMLB初勝利が記録されました。メジャーデビューから約1ヶ月半、苦しみながらも掴んだこの1勝は、彼にとって大きな自信となったはずです。

2025年レギュラーシーズン(5月IL入りまで)の成績

登板先発勝利敗戦防御率投球回奪三振与四球
108114.4636.12822

試練のインピンジメント症候群発症

しかし、初勝利の喜びも束の間、佐々木投手をメジャーの洗礼とも言える大きな試練が襲います。MLB初勝利を挙げた登板から中5日、NPB時代には経験のなかった登板間隔で臨んだ5月8日(日本時間9日)のアリゾナ・ダイヤモンドバックス戦でした。

この日、佐々木投手は明らかに本来の投球ではありませんでした。味方が大量得点を挙げたにもかかわらず、試合の流れに乗ることができません。球威、制球ともに精彩を欠き、5回持たず4回0/3で5失点KOという結果に終わります。

試合後、佐々木投手は右肩に不調を訴えました。球団はすぐに詳細な検査を実施。その結果、**「インピンジメント症候群」**と診断されたことが5月13日に発表されました。

インピンジメント症候群とは、投球動作などで肩を上げた際に、肩の腱や関節を包む組織(関節包)などが骨に挟み込まれ、炎症や損傷を引き起こす症状のことです。佐々木投手は15日間の故障者リスト(IL)に入ることが決定し、戦線離脱を余儀なくされました。

シーズンを棒に振る長いリハビリ

当初は15日間の故障者リスト(IL)入りと発表され、比較的軽症であることも期待されました。しかし、佐々木投手の右肩の状態は予想以上に深刻だったようです。

復帰の目処は一向に立たず、メディアにも情報が出てこない日々が続きました。そして6月、デーブ・ロバーツ監督が佐々木投手の状態について言及。「実戦復帰の目処が立たない」として、**「(2025年)シーズンを全休させる可能性もある」**と示唆するに至ります。この発言は、日本のファンにも大きな衝撃を与えました。

追い打ちをかけるように、6月20日、球団は佐々木投手を15日間ILから60日間ILへと移行したと発表しました。これは、少なくとも8月頃までメジャーの舞台には戻れないことを意味し、メジャー1年目のシーズンがこのまま終わってしまう可能性が極めて高くなったことを示していました。

佐々木投手は、シーズンで最も重要な夏場の時期を、孤独で長いリハビリに費やすこととなったのです。

復活への葛藤と決断

夏が過ぎ、9月。シーズンが佳境に入る中、佐々木投手の復帰の道筋がようやく見え始めました。しかし、それは誰もが予想しなかった形での復帰プランでした。

チーム首脳陣から佐々木投手に打診されたのは、先発ローテーションではなく、「リリーフ(中継ぎ)」としての復帰だったのです。

NPB時代から「先発完投」を理想とし、日本球界の若きエースとして君臨してきた佐々木投手にとって、この打診は受け入れ難いものだったに違いありません。本人は、のちにワールドシリーズを制覇した後、この時の心境を**「葛藤があった」**と素直に明かしています。

「中継ぎ自体、プロに入ってやったことなかったので、まずそこで自分のパフォーマンスが出せるかどうかの不安もありましたし、そこが1番大きかったのかなと思う。」

先発投手としてのプライド。そして、慣れない役割で結果を出せるかという不安。しかし、当時のドジャースは、山本由伸投手をはじめとする先発陣が安定していた一方で、ブルペン(救援投手陣)に課題を抱えていました。

佐々木投手は、自身の置かれた状況とチームの勝利を天秤にかけ、冷静に分析します。

「ただ、先発みんな調子よくて、ポストシーズン入ったら(先発の枠が)6人から3、4人になる中で、中継ぎでの方がチャンスはあると思いましたし、ここで経験することが来年の一歩に繋がるのかな」

彼は、自身のプライドよりもチームの勝利を優先し、そしてこの経験が未来の自分を成長させると信じ、救援転向という大きな決断を下しました。

佐々木朗希 2025年を振り返る:救援転向と栄光

  • 9月、救援転向でのメジャー復帰
  • ポストシーズンでの大車輪の活躍
  • まさに「陰のMVP」と呼ばれた投球
  • 球団初のワールドシリーズ連覇に貢献
  • 総括:佐々木朗希 2025年 振り返る

9月、救援転向でのメジャー復帰

リリーフとしての再起を決断した佐々木投手は、まずマイナーリーグ(AAA)の試合で2度の調整登板に臨みました。短いイニングでいかに自分の力を最大限発揮するか、新たな投球スタイルを模索したのです。

そして9月24日(日本時間25日)、あのアリゾナ・ダイヤモンドバックス戦(奇しくも5月に故障した相手)で、ついにメジャーのマウンドに帰ってきました。

7回に「Roki Sasaki」の名前がコールされると、スタジアムは大きな歓声に包まれます。NPB・MLBを通じてキャリア初となる救援登板。このマウンドで、佐々木投手は全ての不安を払拭する圧巻の投球を披露します。

先頭打者から空振り三振を奪うと、後続も完璧に抑え込み、1回を投げて無安打、無失点、2奪三振という完璧なリリーフを見せました。メジャー1年目が終わったかと思われた右腕が、シーズン最終盤に「最強のセットアッパー」として復活した瞬間であり、見事にメジャー初ホールドを記録しました。

ポストシーズンでの大車輪の活躍

レギュラーシーズン終盤での完璧なリリーフは、首脳陣に強烈な印象を与えました。佐々木投手はポストシーズンのロースター入りを確実なものとし、ドジャースの「秘密兵器」として短期決戦に臨みます。

ポストシーズンが始まると、佐々木投手は期待以上の働きを見せます。地区シリーズ、リーグ優勝決定シリーズと、重要な場面での登板が続きました。時にはセットアッパーとして、時には抑え(クローザー)として起用され、相手打線を次々とねじ伏せていったのです。

その活躍はワールドシリーズでも続きました。ブルージェイズとの死闘の中、佐々木投手はブルペンの柱としてフル回転します。特に、2勝3敗と追い詰められた第6戦(10月31日)。緊迫した場面でマウンドに上がると、1イニングを無失点に抑える完璧な投球(H2)で勝利に貢献し、シリーズの行方を最終第7戦へと持ち込みました。

2025年ポストシーズン(PS)成績

登板勝利敗戦セーブホールド防御率投球回奪三振与四球
900330.8410.265

まさに「陰のMVP」と呼ばれた投球

ワールドシリーズのMVP(最優秀選手)は、第6戦の先発、そして第7戦の歴史的な中0日リリーフでチームを救った山本由伸投手が満票で獲得しました。しかし、もし佐々木投手の復活がなければ、ドジャースがワールドシリーズに進出すること、ましてや第7戦までもつれ込む展開はなかったかもしれません。

シーズン終盤、ドジャースのブルペンは不安定さを露呈しており、ポストシーズンへ向けて最大の弱点とされていました。そこに現れたのが、160km/h超の剛速球と鋭く落ちるフォークボールを武器にする「令和の怪物」だったのです。

佐々木投手がリリーフ陣に加わったことで、ドジャースの勝利の方程式は劇的に安定しました。彼の存在が、他の投手たちにも好影響を与えたことは間違いありません。スポーツ報知をはじめとする多くのメディアが、佐々木投手のこの働きを**「陰のMVP」**と称賛したのも当然の結果と言えます。

最終第7戦、延長11回に勝ち越した場面では、ブルペンで必死に肩を作っていました。本人は「めちゃくちゃ緊張していた」と振り返りますが、その姿こそが、チームのために全てを捧げた彼の献身性を象徴していました。

球団初のワールドシリーズ連覇に貢献

2025年11月1日(日本時間2日)、カナダ・トロントのロジャース・センター。ワールドシリーズ第7戦は、両チームの意地がぶつかり合う歴史的な死闘となりました。延長11回表、ウィル・スミスの勝ち越しソロホームランでドジャースが1点をリード。その裏、山本由伸投手が中0日の連投でマウンドに上がり、最後の打者を打ち取った瞬間、歓喜の輪が広がりました。

ドジャースが球団史上初、そして21世紀のMLBでは初となるワールドシリーズ連覇の偉業を達成したのです。

佐々木朗希投手は、メジャー移籍1年目にして、世界一のチャンピオンリングを手にしました。試合後のシャンパンファイトでは、大谷翔平選手、山本由伸投手らと共に、喜びを爆発させました。

インタビューでは、「悔しいシーズンになりましたけど」と、長期離脱した前半戦への正直な思いを口にしつつも、「ポストシーズンで投げることができて、すごく自分にとっても刺激になりましたし、チームがワールドチャンピオンになって、チームとしても素晴らしい結果だったなと思います」と、苦難の末に掴んだ栄光を噛みしめました。

「シーズンから貢献できるようにまたワールドチャンピオンなれるように頑張ります」と来季への決意を新たにした佐々木投手。メジャー1年目は、まさに地獄と天国を味わった、彼の野球人生における最大のターニングポイントとなりました。

総括:佐々木朗希 2025年 振り返る

佐々木朗希投手の激動のメジャー1年目、2025年シーズンを振り返りました。ここでは、そのキャリアの重要なターニングポイントを時系列でまとめます。

  • 2025年1月、ドジャースとマイナー契約
  • 2025年2月21日、自身のSNSで一般女性との結婚を発表
  • 2025年3月18日、メジャー契約を結び開幕ロースター入り
  • 2025年3月19日、東京ドームでのカブス戦でメジャー初登板(3回1失点)
  • 2025年5月3日、ブレーブス戦で粘りの投球を見せMLB初勝利
  • 2025年5月8日、Dバックス戦で5回持たずKO、右肩の不調を訴える
  • 2025年5月13日、「インピンジメント症候群」と診断され15日間IL入り
  • 2025年6月、ロバーツ監督がシーズン全休の可能性を示唆
  • 2025年6月20日、60日間の長期故障者リストへ移行
  • 夏場は長いリハビリ生活を送る
  • 9月、首脳陣から救援転向を打診され、葛藤の末に決断
  • 2025年9月24日、リリーフとしてメジャー復帰し、初ホールドを記録
  • ポストシーズンではリリーフエースとして大車輪の活躍
  • 不安定だったブルペンを救い「陰のMVP」と称賛される
  • 2025年11月1日、チームはワールドシリーズ連覇を達成
  • 佐々木投手はメジャー1年目で世界一の栄冠を手にした
  • 本人は「悔しいシーズン」と振り返りつつ、来季への貢献を誓った
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