2025年10月21日(日本時間)、5年に一度の「第19回ショパン国際ピアノコンクール」のファイナル結果が発表されました。世界中の注目が集まる中、中国のピアニスト、ワン・ズィトン(Zitong Wang)氏が見事第3位に入賞し、同時に**ソナタ賞(クリスティアン・ツィメルマン賞)**も受賞する快挙を成し遂げました。
今回のコンクールで、ワン・ズィトン氏のプロフィールや経歴に関心が集まっています。彼女の演奏は、批評家から華やかさと渋さが同居する独特の魅力を持つと評されました。特に圧巻だったのは3次予選でのソナタ第2番(葬送)で、一部では「地底パワー」とまで表現された深く重厚な響きが聴衆に強烈な印象を残しています。
ファイナルで披露した協奏曲第1番でも、オーケストラと一体となった余裕ある演奏を聴かせました。彼女の確固たる揺るぎない音楽性は、予選段階での工夫の効いた選曲(プログラミング)にも明確に表れています。
ワン・ズィトン氏は、2023年のブゾーニコンクールで入賞するなど既に実績を積んでおり、名手ダン・タイ・ソン氏に師事していることでも知られます。この記事では、彼女がコンクールで使用したピアノ、シゲルカワイの情報も含め、ワン・ズィトン氏の魅力と今回の快挙について詳しく解説していきます。
この記事でわかること
- ワン・ズィトン氏の詳しいプロフィールとコンクール受賞歴
- ソナタ賞を受賞したソナタ第2番の圧巻の演奏内容
- 「地底パワー」と評された彼女独自の音色の秘密
- 師事するダン・タイ・ソン氏や選んだピアノ(シゲルカワイ)との関連性
ワン・ズィトン ショパンコンクール2025 3位 ソナタ賞 受賞速報

- ワン・ズィトン プロフィールと経歴
- 師匠はダン・タイ・ソン氏
- ブゾーニコンクールなど主要受賞歴
- 使用ピアノはシゲルカワイを選択
ワン・ズィトン プロフィールと経歴
今回、ショパンコンクール第3位とソナタ賞という輝かしい成績を収めたワン・ズィトン(王紫桐, Zitong Wang)氏は、1999年2月3日生まれ、中国・内モンゴル自治区フフホト出身のピアニストです。執筆時点で26歳となります。
彼女の音楽経歴は幼少期から始まり、北京の中央音楽学院附属中学で学んだ後、その才能を大きく開花させます。特筆すべきは、13歳という若さでアメリカの名門、カーティス音楽院に入学を果たしたことです。カーティス音楽院では、メン・チェ・リウ氏やエレノア・ソコロフ氏に師事し、基礎を固めました。
また、13歳で北京の故宮コンサートホールにてソロ・リサイタル・デビューを飾っており、非常に早い段階から演奏家としてのキャリアをスタートさせています。
カーティス音楽院を卒業後は、さらに研鑽を積むためニューイングランド音楽院に進学し、修士号を取得しました。ここで、彼女の音楽性に大きな影響を与えることになる人物と出会います。
なお、彼女がショパンコンクールに挑戦するのは今回が初めてではありません。前回、2021年に開催された第18回大会にも出場しており、3次予選まで進出しています。前回の経験と、その後の4年間の弛まぬ努力が、今回の第3位およびソナタ賞受賞という快挙に結実したと考えられます。

師匠はダン・タイ・ソン氏
ワン・ズィトン氏の経歴を語る上で欠かせないのが、彼女がニューイングランド音楽院で師事したダン・タイ・ソン氏の存在です。
ダン・タイ・ソン氏は、1980年の第10回ショパン国際ピアノコンクールにおいて、アジア人として初めて優勝した伝説的なピアニストです。彼の演奏は、その詩情豊かな表現と透明感のある美しい音色で世界中を魅了しました。現在も世界的な演奏家であると同時に、優れた指導者としても知られています。
ワン・ズィトン氏の演奏に見られる「華やかさと渋さ」、そして「重心の低いどっしりとした音楽作り」は、ダン・タイ・ソン氏から受け継いだ緻密な音楽解釈と、彼女自身の持つ内面的な強さが融合した結果かもしれません。師であるダン・タイ・ソン氏が彼女を「世界クラスのピアニストとしての資質を備え、人を惹きつけるオーラを放っている」と高く評価しているという話もあり、師弟間の深い信頼関係がうかがえます。
アジアが生んだ偉大なショパン弾きの系譜を受け継ぐピアニストとして、ワン・ズィトン氏の今後の活躍にも大きな期待が寄せられます。
ブゾーニコンクールなど主要受賞歴
ワン・ズィトン氏は、今回のショパンコンクール以前にも、数々の権威ある国際コンクールで輝かしい成績を収めてきました。彼女は着実にステップアップしてきた実力派ピアニストです。
特に注目すべきは、2023年にイタリアで開催されたフェルッチョ・ブゾーニ国際ピアノコンクールでの第6位入賞および現代作品賞受賞です。ブゾーニコンクールは、若手ピアニストの登竜門として世界的に非常に権威のあるコンクールの一つであり、ここでの入賞は彼女の実力を世界に示すものとなりました。
彼女のこれまでの主要な受賞歴を以下にまとめます。
| 年 | コンクール名 | 受賞結果 |
| 2025年 | 第19回ショパン国際ピアノコンクール | 第3位、ソナタ賞 |
| 2023年 | 第64回フェルッチョ・ブゾーニ国際ピアノコンクール | 第6位、現代作品賞 |
| 2022年 | 第33回フェロール国際ピアノコンクール(スペイン) | 第1位、ネルソン・フレイレ賞 |
| 2020年 | プリンストン国際ピアノコンクール | 第1位 |
| 2014年 | トーマス&エヴォン・クーパー国際ピアノコンクール | 第2位 |
| – | ヴァージニア・ワーリング国際ピアノコンクール | 協奏曲部門 第1位 |
| 2010年 | ロザリンド・テューレック・バッハ・コンクール | 第1位 |
このように、10代の頃からバッハ作品のコンクールで第1位を獲得するなど、バロックから現代作品まで幅広いレパートリーで高い評価を得てきたことが分かります。これらの経験が、ショパン作品の深い解釈にも繋がっているのでしょう。
使用ピアノはシゲルカワイを選択
ショパンコンクールでは、出場者はスタインウェイ・アンド・サンズ、ヤマハ、ファツィオリ、そしてカワイ(シゲルカワイ)の4つのメーカーから使用するピアノを選択できます。ピアニストがどの楽器を選ぶかは、自身の音楽性を最大限に引き出す上で非常に重要な要素です。

ワン・ズィトン氏は今回のコンクールで「シゲルカワイ(Shigeru Kawai)」を選択しました。
シゲルカワイは、日本のカワイが誇る最高級グランドピアノのブランドです。一般的に、その音色は温かく豊かで、特にピアニッシモ(弱音)の繊細な表現力や、深く響く低音に定評があります。
ワン・ズィトン氏の演奏評である「華やかさと渋さの同居」や「重心の低いどっしりとした音楽」、「地底から広がるような深みある響き」は、シゲルカワイの持つ豊かな倍音と深い響きの特性と見事にマッチしていたと考えられます。彼女の確かなテクニックと音楽性が、シゲルカワイという楽器のポテンシャルを最大限に引き出し、あの独特な「地底パワー」と評されるほどの重厚なサウンドを生み出す一因となったのかもしれません。
ワン・ズィトン ショパンコンクール2025 3位 ソナタ賞 の演奏

- 華やかさと渋さが同居する音色
- 評された「地底パワー」の秘密
- ソナタ賞獲得のソナタ第2番
- ファイナルで奏でた協奏曲第1番
- 揺るぎない音楽と余裕ある響き
- 光った工夫の効いた選曲(予選)
華やかさと渋さが同居する音色
ワン・ズィトン氏の演奏を最も特徴づける言葉として、ピティナ(全日本ピアノ指導者協会)の記事では「華やかさと渋みとが同居した、この人にしかない音色」と評されています。
「華やかさ」は、彼女の持つ卓越したテクニックから生み出される輝かしい音や、ダイナミックな表現力を指すと考えられます。一方の「渋さ」は、単に落ち着いているというだけではなく、彼女の音楽解釈の深さ、そして前述の「重心の低いどっしりとした音楽作り」から来る、熟成された響きを指しているのでしょう。
一次予選の配信では、彼女の姿は「目が座っている」「落ち着き払った雰囲気」だったとされ、その冷静な佇まいと、ピアノから生み出される情熱的でありながらも深みのある音色との対比が、聴衆に強い印象を与えました。
この相反する要素を高いレベルで両立させている点が、彼女のピアニストとしての大きな魅力です。ピティナの記事筆者が「渋いブラームスの後期作品なども聴いてみたくなりました」と感想を述べたように、彼女の音色はショパンの枠を超え、さらに重厚なドイツ音楽のレパートリーでの演奏も期待させるほどの奥行きを持っています。
評された「地底パワー」の秘密
今回のコンクールで、ワン・ズィトン氏の演奏を象徴するキーワードとなったのが「地底パワー」です。
これは、ピティナの記事において、彼女の3次予選の演奏、特にソナタ第2番の第3楽章(葬送行進曲)を聴いた筆者が「地底から広がるような深みある響き」と表現し、「どこからあのような地底パワーが出てくるのでしょう」と感嘆したことに由来します。
この「地底パワー」の源泉は、単なる音の大きさ(フォルティッシモ)ではありません。それは、彼女の音楽の根幹にある「重心の低いどっしりとした音楽作り」にあります。彼女の演奏は、鍵盤を上から叩くのではなく、体重を乗せた打鍵によってピアノ全体を深く鳴らし、ホールの隅々まで響き渡らせる力を持っています。
また、寄せられたコメントの中には、彼女のメンタリティについて「鋼のメンタルか?」と評するものもありました。彼女の落ち着き払った佇まいと、内面に秘めた強靭な精神力が、あの深く、重く、揺るぎない「地底パワー」とも言うべき響きを生み出しているのでしょう。
ソナタ賞獲得のソナタ第2番
ワン・ズィトン氏は第3位入賞と同時に、特に優れたソナタの演奏者に贈られる特別賞「最優秀ソナタ賞(Krystian Zimerman Award)」を受賞しました。
この賞は、1975年のショパンコンクール優勝者である巨匠クリスチャン・ツィメルマン氏によって創設された、非常に名誉ある賞です。
彼女がこの賞を獲得する決め手となったのは、3次予選で演奏した「ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 Op.35(葬送)」です。この作品は、ショパンの作品群の中でも特にドラマティックで、深い精神性が要求される大曲として知られています。
Chopin Institute
彼女はこのソナタを「アグレッシヴに聴かせた」評されました。単に美しいだけでなく、作品の持つ激情や暗さ、そして葛藤を、真正面から描き出しました。
特に圧巻だったのが、前述の「地底パワー」と評された第3楽章「葬送行進曲」です。深く沈み込むような重い和音と、絶望の中に見える一筋の光のような中間部との対比を、見事に表現しました。そして、終楽章の「風が墓の上を吹き抜ける」と評される謎めいたフィナーレに至るまで、圧倒的な集中力で作品の世界観を構築しました。このソナタ全曲を通しての極めて高い完成度が、審査員に高く評価され、ソナタ賞受賞という快挙に繋がりました。
ファイナルで奏でた協奏曲第1番
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ファイナル(本選)に進出したワン・ズィトン氏は、課題曲である「幻想ポロネーズ 変イ長調 Op.61」と、協奏曲として「ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 Op.11」を演奏しました。
まず「幻想ポロネーズ」において、彼女は「曲の終盤に向かって、厚みあるテクスチュアを深い音色で織り上げていった」と評されています。また、別の批評では「スタンダードに歌い、技術的にも高レベル」と評される一方、「やや音の角が立っていてキツめな感」もあったという多角的な意見も見られました。
続いて演奏された「協奏曲第1番」では、アンドレイ・ボレイコ氏指揮のワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団と共演。ここでも彼女の持ち味がいかんなく発揮されます。
演奏評では「余裕のあるたっぷりとしたサウンド」と表現され、オーケストラの「悠然とした序奏」に寄り添いながら、彼女らしい「重心の低い、しっかりとした鳴り響き」の独奏が加わっていったと絶賛されています。オーケストラの響きを受け止め、それと一体となりながら自らの音楽を構築していく様は、ソリストとしての高い能力を示していました。

揺るぎない音楽と余裕ある響き
ワン・ズィトン氏の演奏全体を貫く特徴として、ある記事では「自身の中の揺るぎない音楽的時間を生きていく」と表現されています。
これは、コンクールという極度の緊張状態にあっても、周囲の雰囲気に流されることなく、自分が理想とする音楽のテンポや間(ま)を堅守できる強さを示しています。記事では、このスタイルを「『マイ・ペース』という言葉のもつ安堵感」と評しつつも、「『我の強さ』といったものとは程遠い、作品のフォーマットを着実に積み上げていく堅実さ」が魅力的だと分析しています。
彼女の演奏は、奇をてらった解釈や過度な自己主張はありません。むしろ、楽譜に忠実でありながら、その奥にあるショパンの精神性を深く掘り下げるアプローチを取ります。YouTubeのコメント欄にも「手首が他の演奏者と比べて低い位置にあって余計な動きがなくて新鮮でした」といった書き込みがあり、彼女の無駄のない合理的な奏法と、そこから生まれる「堅実さ」「余裕ある響き」が多くの聴衆に伝わっていたことがうかがえます。
光った工夫の効いた選曲(予選)
ワン・ズィトン氏の音楽的知性は、その演奏技術だけでなく、コンクールを通して披露された「工夫の効いたプログラミング(選曲)」にも表れています。
コンクールの演奏記録を詳細に見ると、そのユニークさが際立ちます。
2次予選の独創的なプログラム
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特に個性が光ったのが2次予選です。彼女のプログラムは以下のような構成でした。
- ノクターン ヘ長調 Op.15-1
- エコセーズ集 Op.72(3曲)
- アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ Op.22
- バラード 変イ長調 Op.47
- プレスト・コン・レッジェレッツァ 変イ長調 WN44
- プレリュード Op.28 より抜粋(6曲:第19, 20, 21, 22, 23, 24番)
- マズルカ ヘ短調 Op.68-4
通常、2次予選では大曲を並べることが多い中、彼女は「エコセーズ集」や「プレスト・コン・レッジェレッツァ」といった小品を効果的に配置しました。さらに注目すべきは、プログラムの最後に、ショパンの最晩年の作品(遺作)とされ、静かに消え入るような名曲「マズルカ Op.68-4」を選んだ点です。プレリュードの情熱的な第24番で終わるのではなく、この静謐なマズルカで締めくくる構成は、彼女の深い洞察力と強い芸術的意志を感じさせます。
3次予選の構成美
3次予選でも、前述のソナタ第2番に加え、「朗らかなワルツ ホ長調 WN18を、間奏曲風に配置し、華麗なる変奏曲 変ロ長調 Op.12」に繋げるなど、聴衆を飽きさせない巧みな構成力を示しました。
これらの選曲は、単に課題曲を並べるのではなく、リサイタル全体を一つの作品として捉える彼女の「堅実さ」と「工夫」の表れと言えるでしょう。
ワン・ズィトン ショパンコンクール2025 3位 ソナタ賞 総括
最後に、この記事で解説したワン・ズィトン氏に関する情報を、箇条書きでまとめます。
- ワン・ズィトン氏は第19回ショパンコンクールで第3位に入賞
- 同時に、最優秀ソナタ賞(クリスティアン・ツィメルマン賞)も受賞
- 1999年生まれ、中国・内モンゴル自治区フフホト出身
- 13歳でカーティス音楽院に入学した経歴を持つ
- ニューイングランド音楽院では名手ダン・タイ・ソン氏に師事
- 2021年の前回大会にも出場し3次予選に進出している
- 2023年にはブゾーニ国際ピアノコンクールで第6位に入賞
- 2022年のフェロール国際ピアノコンクールでは第1位を獲得
- コンクールでの使用ピアノはシゲルカワイを選択
- 演奏評は「華やかさと渋さが同居する」独特の音色
- 「重心の低いどっしりとした音楽作り」が特徴
- ソナタ賞は3次予選の「ソナタ第2番 Op.35(葬送)」の演奏が評価された
- 特に第3楽章(葬送行進曲)の響きは「地底パワー」と評された
- ファイナルでは「協奏曲第1番 Op.11」を演奏
- 「揺るぎない音楽的時間」を持つ「堅実さ」と「マイ・ペース」な演奏が魅力
- 2次予選でマズルカOp.68-4を最後に演奏するなど選曲の工夫も光った




